―――どこにでもあるような日常風景が私の目の前に広がっていた。
そんなある年の夏のことだった。
私はいつものようにラボへと向かうその道中で、由季さんと偶然出会った。
「ん、あれ?由季さん?」
と声をかけてみる。
「おー、久しぶりだねー。元気だった?」
どうやら覚えてくれていたらしい。明るい調子で話しかけてきてくれた。
「ええ、まあおかげさまで」
「今日も暑いよねー」
流石に、こうも毎日のように暑いと辛い。
「私なんかもう、夏バテしそうですよ」
思わず苦笑した。
「あ、そうだ。よかったらこれ貰ってよ」
「えっ。いいんですか」
驚いてそう言うと
「いいよ、使わなかったらもったいないしさ。だから、遠慮なんかしなくていいんだよ。ほら」
と、チケットを目の前に差し出された。
「そ、それなら。ありがたく使わせてもらいます」
断るのも本人に悪いように思ってしまう、というのが本音で。受け取った以上使うしか道はないだろう。
「うん。―――やっぱり、自分にもっと正直な方が合ってるんじゃないかな」
「そうですか?」
「絶対にその方がいいと思うな。あ、それペアチケットだからさ。この際思い切って好きな人と一緒に出掛けてもいいんじゃないかなー?」
「なっ!?」
それは、まあたまには何処かに出かけたりしたいことだってあるけど。誘ったとしても、相手が断らないとも限らないわけだし。
べ、別に私がアイツと一緒にで、デートしたいとかじゃなくて・・・・・。いや、デートぐらいはしたくないわけじゃないけど、ってどうしてこうなった。
「後で感想を聞かせてもらいたいなー、なんてね。じゃあまたね」
「ええ、また・・・」
私は困惑しながらそう返した。
まだ軽くパニックを起こしたままだったのだけれど、そのときは無意識的に冷静を装って極ごく自然に私は言ったのだろう。
より正しい表現をするならば、無意識というものも意識の内なのだけれど。
意識という大きな塊の中に、小さい塊が二つあるのをイメージしてもらえればわかりやすいのかもしれない。
端的に言うならば人が意識と呼んでいるものには本人の認識している部分と認識していない部分に分かれる。
それらを意識と無意識と呼んでいる、といったところかしら?
そんなことをふと、思った。
その後でラボに行くと居たのは岡部だけだった。さっきのことをそのまま話すと、納得したようすで頷いた。
「それで、一緒に行ってほしい、と?」
「だ、だって、普段こういうところとは縁がないし・・・。断るのも相手に悪いじゃない」
知っている人だと尚更そういうところは遠慮しがちになるもので、断りにくいところがある。
「ふっ、仕方あるまい。―――付き合ってやろうではないか」
「・・・いいいの?」
「ああ。適任だろうが」
ただ単純に、暇で特に予定もなかったからじゃないでしょうね?
「橋田よりはマシか」
と、どこぞのスーパーハカーのことを言ってみた。
「ダルと一緒にするな」
橋田よりはマシ、というのは事実だと思うわけだが。
当日はよく晴れていた。
快晴、である。むしろ暑いと感じてしまうぐらいの気温で早く涼しい場所で涼みたい気分だった。
「少し、離れたところにあるのね・・・」
「まあ、そういうものだろうな」
今では技術が進歩したというのもあって海に近い場所でなくても問題はないらしい。
技術というものは、一般人がしらないうちに発展し新たな活用方法が出来ていたりするものだから納得しやすいのかもしれない。
「ほら、行くぞ」
「思っていたよりも人が多いわね」
夏休み、ということもあって、人が多いのだろう。
「今まで行ったことないのか?」
「ない、と思う。家族で出かけたりとか、そういうのはあまりなかったから」
「そうか」
中は思ったよりも涼しかった。外との温度差で風邪をひいたりするようなことがないか、と逆に心配になる。
「わ、何これ」
「興味津々、と言ったところだな」
岡部はそう言って、笑った。
「わ、笑うなっ」
ううっ、恥ずかしい。
「イルカショー、か」
どうしようかと迷っていると、
「観たいのか?」
と言われた。
「少し」
「わかった。なら、早めに行った方がいいんじゃないか?」
「それもそうね」
ショーの後も色々と見て、内心私は嬉しかった。好きな人と一緒に楽しい時間を過ごせて嬉しくないわけ、ないじゃない。
「グッズ、見てもいい?」
「ああ」
「ぬいぐるみ・・・高すぎない?」
値段が結構高い、とは聞いたことはあったけど。だからってここまで高いとは思わなかった。
「それには同意する」
あ、あれほしいかも。
「・・・・・・」
黙ってそう思いながら見ていると
「・・・少しだけここで待っていろ。動くなよ?」
と言われた。
「・・・?」
どういうことだろうか?
「ほれ」
先ほど買ってきたのだろうと思われるそれを、渡された。
「えっ、いいの?」
「人の好意は有難く受け取っておくものだと思うぞ」
「サンクス、岡部」
「たまには、な」
「―――岡部」
「ん?」
「楽しかった」
「そうか。なら、よかった」
きっと、後半部分の言葉が本音だったのだろう。
「また明日」
「ああ、また明日」
こうして、再び明日を迎える。
同じようで違う日々を受け入れていく。そうすることで進歩があるのだろう。人にしても、人間が作った技術にしても。
今日が終わって明日を迎えることが出来るから、幸せなのかもしれない。そう私は思ったのだった。
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